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ユルノート。

ゆるくゆるくまったりと。 思いつくままに書き流すノート帖。

2012-01 

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東迷ジャンクション。


【現在の状況】
・下記状況を解決するため、メンテナンスを行っております。
 ご迷惑をお掛けしますが、しばらくお待ち下さい。

・一部の機種で正常に認識されない問題が発生しているようです。

 携帯なのにPCページに行ってしまう。
   ↓
「こちら」からチェッカーページに移動して、動作環境をチェックする。
   ↓
 チェッカーでは正常だったけど、やっぱり携帯電話です。
   ↓
「チェッカーでは正常だった」から動作環境報告ページに移動して、環境を報告してみてください。
 問題解決となる情報を、開発者のみが見られる状態で送信することができます。



はい、ここをひさーしぶりに告知に使えるねいでございます。

大きな問題点は消えたと思うので、ここいらで新作のゲームを発表しちまいたいと思うのです。

多分小バグは山ほど残ってると思うし、auでしかチェックできないので(ねいはau携帯しか持ってません)、そこはどう対応したものでしょかねーと。




東迷ジャンクション
       (ゲームへのリンク)


さて今作のタイトルは「東迷ジャンクション(とうめい・じゃんくしょん)」、

ジャンルは対戦戦略型ターン制カードゲーム、

プラットフォームは携帯電話のみ、

ID対象は携帯電話1台1IDとなっております。


はい、パソコンは動作対象外で、仕様上の問題からスマートフォンも切らせてもらいましたです。

「カードの点数がはんぱないからカードゲームやめたんじゃなかったの?」とか言われてそうですけど、やぱし作りたいものは作りたいのです。

モンスターコレクションにどっぷりだった人間としては、やっぱしカードゲームは抑えておきたいところなのですよー。



ところで「対戦戦略型ターン制カードゲーム」とか長々しく並べてるけど、それって結局どんなの?」って感じなのですが、言葉で説明すると長いので、例を出すなら最近ねいがはまってる某サークルさんと同じようなものと考えてくださいませ。

作りは放置ゲーなのに、プレイヤーからしてみれば全然放置させてくれないし、むしろ放置してたらなにも成長しないとかいうあれです(そうそう、ランキングは500位を切りました!!)。


ゲームの概要としては、毎時0分(1時間に1回)。サーバ上で自動的にバトルが発生します。

プレイヤーは行動の選択とかをしませんし、できません。

ただ、バトルの判定に使われるカードを1枚。バトルの前に選んでおくことだけをするのです。


そしてバトルでは、お互いのプレイヤーが提示したカード1枚ずつを使って判定し、勝敗を決めます。

勝負に勝てばカードを奪い、多くのコインを獲得できるだけのゲームなのでしたー。




となればできるだけ相手よりも優位に立てるカードを選んでおきたいところですが、このゲームでは相手が出してくるカードの属性は丸見えなのです(それは相手も同じですが)。

カードには「ぐー」・「ちょき」・「ぱー」の3属性があるので、皆様には相手の装備変更に合わせて、文字通り「後出しじゃんけん」を行ってもらいましょう。


ただし、この属性は判定の補正値でしかありません。

カードには同時に「攻撃力」が設定されており、じゃんけん属性で勝っていれば攻撃力アップ、負けていればダウンなのです(相手の攻撃力がわかるのは、バトルの結果を見たときだけ)。

「属性で負けていても、こっちの攻撃力が高かったために勝利してた」なんてことはよくあることなので(実際テスト段階でも割と発生してました)、そこは持っているカードと相手の属性を見比べて、じっくりと葛藤していただきたいところです。




カードイラストの方はだいぶ遅れる予定しかないのですが、カード種類は続々と増やす予定だったりするのです。

現在は花映塚まで対応の215種類ですが、増やせる限り増やしていくのでどうなることか誰にもわかりません(ネタを思いつけば紅魔郷あたりでも追加するので、4桁行くかもしれません)。

ま、予定は未定なんですけどねっと。



そんなこんなで、気になってみたら一つ遊んでもらえたらなーって感じでございましたー。



東迷ジャンクション
       (ゲームへのリンク)


ちなみに、バグ・改善要望などありましたらブログにコメントしていただくか、ねい宛にツイートするか、単純に#tmjunktionのハッシュ付けてくれたら、できる限り対応するつもりですのでなにとぞ。


【追記】
・第一稿ではハッシュを「#tm-junktion」としていましたが、どうやらハイフン付きはまともに処理されないようなので、「#tmjunktion」に変更しました。



もいっこちなみにですけど、コピーライトのとこ。なにやら団体名っぽく見えますけど、メンバーはねい一人しかいませんので。その証拠に、アンカーはツイッターに向かって貼り付いてますもの。




はい、書ききった!!

疲れた!!!!


後はつぶやいて寝ます。ふはー・・・。

【追記】
・更新情報は、携帯サイト「更新情報」に引越しました。
・そう言えばお礼を言い忘れてました。
「制作のしおり」さま、毎度ありがとうございますですよー。
 捕捉していただく度にアクセス数の桁が変わるので、とてもそわそわしてしまったり。
 今後ともよろしくおねがいしまーす。

2枚追加。

はい、またしばらく間を置いてた、ねいでございます。


全部ついったが悪いの!!

ネタが全部吸われるの!!!!

書くことが、ほんっっとになくなるんですよねー。。。



さてさて、1月にお披露目した東方蕃花戦符ですが、順調ーに滞っております。

ねいに足りないのは、貫徹する意思とスピードなのです。

あのカード譜考えるの、結構むずぃんですってば。


といった愚痴なんですが、着々と進めていたりする部分もあったりします。

カードイラストをちょろりっと募集したところ、見事に0件の応募があったのです!!!

これはもう、ねいが描くしかなぃんですよねーってところで、2枚ほど描きました。


東方蕃花戦符・カードイラスト「橙」

橙とー、

東方蕃花戦符・カードイラスト「八雲藍」

らんしゃまでした。


一応全身イラスト描いて、そこから顔近くを切り抜いて背景付けてるんで、フルバージョンもあることにはあります。

公開要望があればやるけど、多分来ないと思うのでそのまんまお蔵入りですっかねーと。

結構服のデザイン、がんばったのになー、、、って、そいえばpixivに登録して載っけるって手もあるっかー。

んむ、その気になったらやるかもしれません。

が、その気がいつになるのかは誰もわかりません。

いつものことですよねー、はっはっはー。



ほんとは紫も描いたんだけど、スキャナの段階から気に入らなかったのでボツりました。

デザインとしては面白いんだけど、骨格とか服のラインとかがぐちゃってたんです。

だので、書き直しです。


で、他のキャラもぼつぼつ追加してく予定なのです(次は幽々子描く予定だったり)。

ぁ、もちろんイラストは随時募集となっておりますよぃ。

神さびた初詣。

はい、昨日初詣だった、ねいでございます。

大晦日が明けて初めて神社にお参りすれば「初」詣になるので、なにも問題はありません。


てことで、紀行レポートのためにレイアウトを変更したからには、書かないといけませんよねー。

東方蕃花戦符は、そのおまけだったのです。

横サイズを決める時の目安にはしましたけども。


いつものことですが、このシリーズでは、前置きが必要以上に長いので要注意ですよー。

てか、どんどん前置きの長さがひどくなってってる気がします(今回に至っては、後書きすら長大です)。

今回はかなり字数が膨らんでしまったため、レポートよりもマージンの方が素敵に多いです。

頭の体操って楽しいよねー。

考える方も読む方もたまったものではありませんけど。





今回行ってきた場所の前に、本来行くはずだった場所を言うとですねー、宇佐八幡宮に行くつもりだったのですよー。

「卯年」=「うさ」=「宇佐八幡」と安易に決めた訳でなく、東方舞台探訪スレの現行スレタイに入ってるためでもなく、いちお、根拠はあったりします。


なんか最近いいことないなーと思って、厄落としを目的に初詣しようと思ったのですよ。

厄を落として、悪運を減らし、吉運を呼び込もうと考えたわけです。

本来は「禍福はあざなえる縄のごとし」であって、いいことも悪いことも、表裏合わせて「運」になるわけですが、そこは気の持ちようなのです。




さて、厄落としと言えば、某番卓の中の人が好きな鍵山雛さんになります。

雛さんの種族は厄神様(やくじん・さま)で、能力は「厄をため込む程度の能力」ですよねー。


実は兵庫県加古川市(ひょうごけん・かこがわし)に、直球で「厄神駅」てのがあるのです。

JR加古川線上にあって、かつては三木鉄道と連絡してたんですけど、同線は現在廃止。

ねいもよく利用してるえきから時刻表のマップからは直接のリンクが削除されてたりします。

えきから時刻表さんは、乗換駅か主要駅でないと●駅表記してくれないのですよー。



はてさて、この厄神駅。

その名は、近くにある「宗佐厄神八幡神社(そうさ・やくじん・はちまん・じんじゃ)」に由来しておるのです。

厄除けとしては非常に有名な神社でして、社格は郷社・非式内社ながらも、2月の厄除大祭は播磨三大祭りに数えられるほどに賑わうのです。

※注:式内社(しきだいしゃ)。延喜式神名帳(えんぎしき・しんめいちょう)に記載される神社のことです。政府公認ガイドブックに載ってる、お墨付き神社とでも言いましょか。




ここでねいは一思案。

厄神さんの総本社に行った方が、もっと効果はあるんじゃなかろうかと思ったわけですよ。

全国に「厄神」と付く神社はあるのですが、この厄神様の正体は八幡神(やはたのかみorはちまんじん)で、イコール応神天皇なのです。

八幡神社の総元締めと言えば、言うまでもなく大分県宇佐市にある宇佐神宮となります。


社格も申し分なし、知名度十分、今年は卯年で、さらに鍵山雛さんと因幡てゐさんを同時に拝めるというお得さ!

これは拒否する理由がどこにもない!!

と意気込んだのですが、旅費の関係で断念したんですよねー。

意外と新幹線が高額だったのです。







とまぁ、ここまでが前説の前振り。はっはっはー、すでにねいはふらふらでーす。

近場で、厄落としができて、いいネタになるという、割と難易度高めな神社を探すこと数時間。

幸いねいは神社には事欠かない県に住んでるので、色々とは見つけられるんですけど、なかなか「これ!」ってのはねぇ。。。


・・・と思ったらありました。

「八幡」の名前を持ち、なかなかすごぃのが。





ねいは今回、2つの神社を回りました。

1社目は八幡神社(非式内社)、2社目は木葉神社(式内社に併記)です。

八幡神社の祭神は「八幡」と名前が付いていることからも分かるように誉田別(ほむたわけ=応神天皇)、木葉神社も「このは」と付いているため「木花開耶姫命(このはなの・さくやひめ)」なのです。




が、運に表裏あるよう、神社の歴史にもそれがあり。


八幡神社は今でこそ応神天皇を単祀してますが、いつから八幡神社になったのかは不明とされています。

元々は八井神社(やい・じんじゃ)と呼ばれ、その祭神は「神八井耳命(かむ・やいみみ・のみこと)」。

ここは彼の陵墓ともされています。

おそらくは共通する「八」の字を元に混同、あるいは意図的な上塗りが行われたのでしょうが、今となっては知るすべもありません。


木葉神社も、今でこそ木花咲耶姫を単祀してますが、これは明治の神仏分離令以降の話。

川俣氏の祖神である「彦坐王(ひこいます・のみこ)」を祀るものでしたが、中世以来荒廃し、社伝は失われ、神仏混淆によって僧坊が建築されて彦坐王は追いやられ、その代わりに木花咲耶姫が勧請されるようになるのです。

(※資料1:延喜式神社の調査様

以来、木花咲耶姫の性格から浅間権現と呼ばれたり、併設された僧坊の初穂寺から「はつほじ」→「はちおうじ」と訛って八王子と呼ばれたりしましたが、明治初頭の神仏分離・廃仏毀釈によって仏教色を一掃、当時の祭神・「木花」咲耶姫から「木華神社」と名前を改め、現在の名前に落ち着きます。

(※資料2:玄松子の記録様


共通するは、どちらも、元の神様はすっかり消え去っていること。




はて、お客様の中に神八井耳命様を耳にしたことのある方はおられますでしょうか。

恐らく、ほぼいらっしゃらないと思います。

それもそのはず、ほとんど書物に記述がないのです。

さらに言えば、記述どころか、活躍したかどうかすら怪しい神様です。


古事記によれば、初代天皇・神武天皇と媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたら・いすずひめ・のみこと)との間に産まれた皇子で、弟に神渟名川耳命(かむ・ぬなかわみみ・のみこと)。後の二代天皇・綏靖天皇(すいぜい・てんのう)がいます。

同時に兄として日子八井命(ひこやい・のみこと)がいるとされますが、彼は古事記のみの記載であって、日本書紀にはなく、実在しない可能性があります。特に本文とは関係ないので、割愛割愛。



話は神武東征の頃。日向国にいた神武天皇は、熊野・吉野を経由して大和国へ侵攻。これを支配します。

円滑に支配するため、神武天皇(天津神)は媛蹈鞴五十鈴媛命(国津神・出雲出身)と結婚し、天照・素戔嗚で天津神・国津神に分裂した皇統を統一させます。

言うまでもなくこれは政略結婚で、支配者が地元の氏族を迎え入れることにより、彼らの地位を保証するって意味になります。

言うなれば、天津神は外部から渡来した支配者一族で、国津神は在地の有力者連合でしょうか。

かくしてこの婚姻は成功し、諸説ありますが2〜4人の兄弟が誕生、神八井耳命・神渟名川耳命などが発生します。




ところで、神武天皇には媛蹈鞴五十鈴媛命と結婚する前からの妃がいました。

日向より付き添ってきた吾平津媛(あひらつ・ひめ)がそれで、二人の間には手研耳命(たぎしみみ・のみこと)も誕生しています。

手研耳は非常に優秀な人材で、神武東征・政権運営でも辣腕を振るい、大きな実力を持っていました。



そんな中、事件は発生します。

神武天皇の崩御により、手研耳は次期天皇になろうと野心を発露するのです。

しかし自分は第一皇子ではあるものの、正妻でなくなった吾平津媛の子。

野望の解決には邪魔になるものを消そうと、厄介な存在である神八井耳命・神渟名川耳命の暗殺計画を企てます。


が、すんでのところで企みは媛蹈鞴五十鈴媛命に露見。

情報を入手した両皇子は先手を打って、逆に襲撃。手研耳命は片丘(かたおか)の地で命を落とします。

(※資料:よろパラ様


手研耳反乱計画が知れることになり、母の吾平津媛は失脚。

現在の{口+兼}間神社(ほほま・じんじゃ)へ隠居することになります。

(※資料:神社ふり〜く様




さてさてタギシミミの反逆は機先を制した兄弟方に軍配が上がった訳ですが、その舞台の裏でこんな一幕が。


襲撃の際、兄である神八井耳命は恐怖に身が竦んでなにもできず、実際にとどめを刺したのは弟の神渟名川耳命の二矢だったのです。

肝心な時になにもできなかった己を恥じた神八井耳は、次期天皇として、犯罪者を誅するという重要な役割を果たした弟の神渟名川耳を推挙。

自分は名前を「イホの臣・ミシリツヒコ」と変え、討伐した手研耳を弔いつつ、祭祀者として暮らします。

「み(身)」+「しりつ(退く)」+「ひこ(男性を示す接尾辞)」の名の通り、政治の表舞台から引退すると公言した訳ですねー。

余生を安穏と、弟の襲名した名前よろしく(「綏」も「靖」も「安らか」という意味になります)暮らす・・・と思いきや、乱から3年の後に儚く生を終えてしまうのです。







ねいが特に神八井耳命へ特に参ろうと思った理由が、ここからだけでは分かりませんよねー。

だって、彼自身はなにもやってないんですもの。

せいぜい綏靖天皇の即位お膳立てくらいなもので、実績業績はほぼありません。



歴史的にも彼自身にはほぼ価値を見いだしていませんが、改名後の接頭語になってる「イホの臣」ってところが実は重要だったりするのです。

「イホ」は「イフ」「オホ」とも読み、「斎む・敬う・祝う・祭る」などの意味があります。

神八井耳命の子孫は非常に多く、その中でも最大の集団が「オホ」こと「多」氏で、もちろん古事記を編纂した太安万侶(おお・の・やすまろ)もここに含まれます(名字を「太」と書いてますが、多氏です)。

(※資料:ほつまつたゑ様。上記系譜に確認できた誤字が一つあり、「敷衍彦命」→「敷桁彦命」となります)



また以外にも有名な氏族が2つあり、阿蘇氏と金刺氏がいます。

前者は肥後国一ノ宮「阿蘇神社」、後者は信濃国一ノ宮「諏訪大社」と関係してくるのです。

まさかの神奈子・諏訪子出現ですょ。。。

うん、調べてる途中に繋がったんです。





信濃国は上古より支配者が複雑な土地柄で、3つの系統が存在しています。

・建御名方(たけみなかた)神の後裔を称する諏訪氏(三輪氏より分化。国津神系)

・洩矢神の後裔を称する守矢氏(土着民)

・崇神天皇期、信濃北部に入植した科野国造氏(多氏より分化。天津神系)

これらの3氏族が度重なる婚姻関係を結び、氏族の筋としては3条あるものの、血の縁だけで言えばほぼ同質化しているのです。

(※資料1:古樹紀之房間様:多氏族概観

(※資料2:古樹紀之房間様:諏訪社の奉斎氏族



古事記では諏訪氏の移住を天孫降臨の頃(建御名方が出雲より駆逐され、諏訪湖での永住を誓った頃)としていますが、実際はそうでなく、神武東征に敗れ弾かれた落人たちが集結したことによって発生したと見ることができます。

この移住に誰が参加し、何人住み着いたのかに関する記述は非常に曖昧で、記録が安定してくるのは十二代天皇・景行天皇の条にある武国彦命(たけくにひこ・のみこと)が洲羽国造(すわ・くにのみやつこ)に就任した頃と随分時代は下ります。

ちなみに国造就任を記録する「国造本紀」にはこの着任の事実を記していませんが、那須国造と洲羽国造が混同されて記事が消失した可能性があるとのことです。


さらに時を経て、上社大祝は洲羽国造の流れを汲む諏訪氏、下社大祝は科野国造の流れを汲む金刺氏が所掌するようになります。

とは言っても前述の通りに系譜混沌・婚姻繁雑で、「上社or下社大祝の祖先は○○!」とは言い切れないんですよねー。

けれども、その血の中には、確実に神八井耳命が潜んでいるのです。




片や阿蘇神社。こちらは複雑な血縁関係を取っていませんが、その親族関係がやや繁茂だったりします。

神八井耳命の三世孫・健磐龍(たけ・いわたつ)を祖神とし、その子・速瓶玉(はやみたま)を初代阿蘇国造とします。


このうちまず健磐龍は、科野国造の祖「武五百建(たけ・いおたつ)」と同一とされます。

さらに速瓶玉は、宇佐国造の祖「武国凝別命(たけ・くにこりわけ)」と同一とされます。

ぁ、直接じゃないけど宇佐神宮とも繋がったー。うさうさ。



さらに言えば阿蘇の健磐龍は阿蘇山の神格化した存在で実在すら怪しく、阿蘇氏は多氏とはなんの関係もないのではないかという説すらあります(阿蘇氏に限らず、九州四国地方の多氏系は全体的に疑問符が付きます)。

偽多氏の疑いがある氏族は非常に多くて、正直なにがなんだか分からないのです。

でも氏族としての大きさは本物で、畿内だけでも多臣、多朝臣、多宿彌、小子部連、小子部宿彌、雀部造、雀部臣、小長谷造、小長谷連、小長谷宿彌、小長谷朝臣、都祁直、坂合部連などがあるのです。

それ以外の地域系多氏後裔を書いていたら、もう何時に校了するか分かりません。





なぜこんなことが起こるのか。

それは簡単な話で、名義貸しを受けたのです。

「神武天皇の子孫」という名義を。


天津神系の神武天皇一派に恭順を示した豪族は、当然ながら血縁関係はありません。

味方として迎え入れられる手っ取り早い方法としては、仲間よりも濃い関係である、家族になってしまうことです。

神武天皇が始めに使った手段ですが、それは国津神の彼らにとっても有効だった訳ですねー。



家族になるには、婚姻関係を結ぶのはさらに手っ取り早いわけですが、既に妻帯しているなどの理由でそれが使えない場合があるのです。

こうした場合どうするか。


祖先が神武天皇だった「ことにするの」です。

つまり、自分たちの系譜を改纂して、強引に血縁関係になってしまうってことなのですねー。

この対象になった矛先の大半が、実は神八井耳命なのです。

(全てが神八井耳命に接続された訳でなく、兄とされる日子八井命に接続された例もあります。

 ねいは日子八井命を実在の存在とは見ておらず、全てを神八井耳命に接続させるのは不自然であると判断した関係者たちが、接点的役割を分散させるためだけに書類上発生させた架空の人物だと思っておるのです。)



箔付けされるのはいいんですけど、少しありがた迷惑かもしれませんねー。

んむ、ねいも頼られる人になりたいものです。







ってことで、唐突にレポート開始です。

あ、神八井耳さんに参った理由は、「人に頼られる」とか言った面ではありませんよ??

そうなりたいものではありますけど。

ねいは、好きなものは最後に食べる主義なのです。


ちなみに、もうねいはくたくたです。

疲れるのなら、書かなきゃいいのにねー。









多坐弥志理都比古神社・鳥居1

はい、移動中に撮ったものですよー。

川沿いのガードレールに貼り付いて撮りました。


多坐弥志理都比古神社・鳥居2

お名前は、多大明神。


この鳥居は多坐弥志理都比古神社(おお・にます・みしりつひこ・じんじゃ)。通称、多神社(おお・じんじゃ)のものになります。

この神社は多氏の中核社で、主祭神は神八井耳命なのです。

弥志理都比古(みしりつ・ひこ)ってのは、さっき出た引退後のお名前ですねー。


神八井耳命を祀った神社としてはこちらの方が有名で、公式だったりします。

式内社でもあるわけなのですが、今回は多氏でなく、神八井耳命に直接お参りするって意味では主旨に反するため、前を通り抜けるだけになりました。



八井神社・大師堂

神八井耳命のお墓と比定される八井神社、現在の八幡神社は極めて分かりにくい場所にあります。


神武天皇を祀る橿原神宮とは畝傍山(うねび・やま)を挾んだ反対側にあり、入る方向が全く逆だったりするのですよー。

橿原神宮へは四条交差点を南下すればすぐですが、八井神社はそれを西進して国道24号大和高田バイパスの下道を走る必要があります。

ぁ、走るって言っても、ねいは自転車でしたからね?



次の寺田町交差点を南に折れて奈良県道207号線に入り、左手を流れる川と交叉する橋を渡ってすぐに左折。

橿原市山本町へと進みます。


農村みたいな具合の旧家と田圃に挾まれた小道を用心しながら進むと、右手にこんな感じの大師堂が見えてきます。

これが目印なので、見逃すと、橿原神宮の方のどこか分からない場所に行ってしまいます。


八井神社・参道1

大師堂のすぐ先に、右手へ分け入る小径があるのでこれを入ります。

注意、周りは民家ですので大声は禁物ですよー。


八井神社・参道2

小径はすぐに突き当たって、左に直角に進んでるのですが、これを道なりに進んでしまうと、また迷います。

突き当たりで自転車などは止めてしまい、右上に進む道があるので、これを行きましょう。



・・・はぃ、右上です。

ここから山道になるんですよねー。

この辺りは畝傍山の麓になっていて、若干ここから(正確には大師堂の辺りから)は角度が付いてくるのです。


八井神社・参道3

写真では見えませんが、実は黒い虚の奥で石灯籠が見えています。

別に百メートルあるかないかですので、そんなに疲れはしないのです。

そうそう、この八井神社への道順は月の光様を参考にさせて頂きましたー。


八井神社・拝殿

山道の奥で潜りと、山肌にもたれかかるようにしてあるのが八井神社になります。

ここで20円のお供えー。

5円玉がなかったの。


八井神社・畝傍山への登山道

本当に山道の途中になっていて、山道はまだ進むことができます。

ねいも参拝後に数百メートルほど登ったのですが、風が暴れるので諦めました。

山は神域で異界ですから、「来るな」と拒まれれば従うしかないのです。


八井神社・本殿1

拝殿を脇に避けて奥に進むと、一対の石灯籠に囲まれた石階段があります。


八井神社・本殿2

十段もない梯を踏みしめれば、小さいですが本殿になります。



ちなみにねいは写真に撮れなかったのですが、陽石がここにはあるようなのです(見っかんなかったの)。

つまりは石でできた男性器なんですけどねー。


別に卑猥なものじゃないですょ??

某民族考証スレで出てきてましたけど、「かなまら祭」とか「双身歓喜天」とか「和合道祖神」とか「ダーキニー像」とか、そっち系のモチーフってのは珍しいことじゃありませんからねー。

むしろ、こういうのは重要な資料ですから、変に曲解・忌避しないのが正解なのです。

ぁ、八井神社の陽石写真は神奈備様のとこにありますれば、見たい方はそちらをどぞー。



はい! てことで八井神社は終了になります。

なんかもうね、これ前振り・後書きの後で書いてるんだけど、もう疲れてまともに頭が働かないんですょ。。。(←校正の時点で10時間を超えてたりするのです)




木葉神社・石礎

次は木葉神社になりますよー。


寺田町交差点にまで戻り、国道24号線を更に西へ進みます。

すると橋を越えるための高架橋に昇るよう道が分かれるのですが、これを拒否して下道を走ります。

左手に橿原運動公園が見えるのですが、この辺りで右折してバイパスをくぐり、ついでに曽我川も渡ってしまいます。

正面に橿原市金橋地区公民館があるのですが、その2つ先の筋を左折。

橿原市雲梯町(うなて・ちょう)の住宅地内にあるのが木葉神社です。


ちなみにねいは間違って1つめの筋を曲がってしまい、ちょぃ迷いました。


木葉神社・周囲の風景

こんな感じで家と家の間に埋もれてて、、、ぁ、URLどっか行ったゃ。

木葉神社を調べてる時に書いてあったどっかのサイトで、「簡単に見つけられる」なんて記述がありましたけど、安心してると見失うのでご注意ぉ。


木葉神社・境内

八井神社と違って町中・平地にあるため、幾分しっかりした造りになっています。

大きさこそありませんけど、これなら僧坊も開けそうですよねー。


木葉神社・拝殿

鳥居から拝殿は石畳で整備されていて、足が痛む心配は全くありません。

ぅん、枯れ葉が散らばった山道はちょぃトラウマ。

ちなみに、こっちは10円玉をいっこ、拝殿の内側にあるお賽銭箱に投げ込みました。


木葉神社・本殿

本殿へは直接行けないよう高い塀で覆われており、拝殿から覗き見るようにしか窺うことができません。


ちなみに写真上部でちらっと見えてるかも知れませんけど、実は木葉神社の拝殿と、八井神社の拝殿上方には、宇良神社のように奉納された絵が掲げられています。

載せようと思ったのですが、そのまんまでは真っ黒でなにも見えず、色調を補正すると心霊写真にしか見えなかったのでお蔵入りさせました。

修正してるねいが、怖くてこれ以上直視できなかったのです。

ホラー映画すらろくに見られないねいに、そんな無茶を言ってはいけませんのだ。




おみやげ・お茶っ葉

てことで、超駆け足のレポート完了ー。

この後は、前説からの続きが待っております。

さー、頑張るかー!


ぁ、ここまで読んで下さってる方は、本当にお疲れ様なのですよー。




ちなみにこれは木葉神社から近くにある複合商業施設・イオンモール橿原アルルに売ってるもので、中身はお茶の葉っぱです。

右から順に、茉莉花茶、雲南普洱茶、桃の紅茶です。

3つ目のは、桃のフレーバーを付けた紅茶です。


ねいは茶葉屋さんがここしかないこともあって、三國屋善五郎さんに毎度毎度お世話になっておるのです。

でもポイントカードをなくしたので、新しく再入会ー。

100円の追加出費でございましたとさー。


もいっこちなみに、ねいが今飲んでるのは雲南普洱茶です。

黒茶ですょ??

ダイエット効果を狙って買ったに決まってるじゃないですか!!!









はい!!

てことで、引き延ばされた答えを返じるのですが、その前に少しだけ余談を一つ(まだ伸ばしますよー)。


神八井耳命より譲られた綏靖天皇ですが、諱(いみな)でない本名を神渟名川耳命(かむ・ぬなかわみみ・のみこと)と言いました。

そして、「渟名川」ならぬ「奴奈川」姫という絶世の美女が、現在の新潟県糸魚川市にいたとされます。

彼女は出雲より来た大国主に求婚され、建御名方神と御穂須々美(みほすすみ)神の二人を産んだとあります。

諏訪旅行・中編でちょこっと振れてましたねー。あの話は本当にぐだってますけども!



建御名方神は諏訪氏に化すことを上で言いましたが、御穂須々美ってのは何者なんでしょか。

「みほすすみ」の語は分解することができ、「みほ」+「すす」+「み」になるのです。

・みほ=島根県松江市の美保神社。江戸初期までは御穂須々美が主祭神だった(現在は事代主)。

・すす=石川県珠洲市の珠洲神社。同じく江戸初期までは御穂須々美が主祭神だった(現在は瓊瓊杵)。

・み=神格を意味する接尾辞。神八井「耳」・八坂刀「美」なども同じ用法。

(※資料:親不知 子不知様


つまり彼は人物でなく、都市間の結びつきを象徴しているに過ぎないのです。

古くから越・出雲間は海上交易が盛んで、中継する能登半島を含めて非常に栄えていました。

特に越の特産物である翡翆なんかは珍重され、様々な土地からの発掘が確認されています。

諏訪子のスペカ・源符「厭い川の翡翠」などは、「厭い川」=「糸魚川」でこれを表しており、諏訪地方とも交易があったことを表しているのですねー。





はてさて本題。

この奴奈川姫が、綏靖天皇が架空の存在であることを物語っているとする仮説を丁稚上げてみたいと思います。

はいはい、いつもの病気ですよー。

ピヨすけさん同じく、妄想って病気は治らないものなのです。




古代日本の各地には、都道府県よりも小さい単位での地方国家が乱立しており、相互交易などを通じて発展していました。

大和、出雲、珠洲、越、諏訪などの集団がこれに相当するわけです。


が、状況は神武東征によって一変します。

天津神集団が大和に侵攻し、同時に周辺の諸小国家が次々に敗北や降参などして併合されていくのです。



黙って負ける訳にも行かない諸国家は、これに対抗する共闘戦線を展開し、これが後に言う国津神として扱われます。

風土記などに散見される「因幡の素兎」や「大国主の妻問い(大国主と奴奈川姫の婚姻譚)」、「御穂須々美神の存在」などがこれを隠喩しているのです。

婚姻などによって結束したと考えた訳ですなー。




数が違うのか、質が違うのか、装備が違うのか。

国津神は徹底抗戦をするものの敗北が嵩みます。

猛攻する建御雷軍によって、出雲が陥落し、次いで能登も瓦解。


前線の後退は越にまで及び、これも崩壊。同地方を治める奴奈川姫も朽ちてしまいます。

奴奈川姫は最後に入水自殺すると伝わっていますが、これは海洋系民族である天津神によって殺されたことを仄めかしているのでしょう。



国津神連合軍は諏訪にまで引いて最後の勝負に賭けますが、結局は勢いに勝る天津神軍の勝利。

敗北した連合軍は諏訪から出ないことを確約し、そして諏訪氏を名乗るようになりました。


ところで、諏訪にはもちろん原住民がいました。

同じ国津神ではありますが、ここは自分たちの土地であることを誇示するため、上の氏とは別に、守矢氏を名乗ります。

諏訪地方を大戦の地に選ばれたのが、もしかすれば現地の人からすれば不愉快だった。

だからひとまとまりになるのが嫌だったのかも知れませんねー。


また更に、天津神軍は国津神を監視するため、お目付役として天津神系の多氏を派遣。

これが科野国造氏となります。




諏訪地方は3氏入り乱れますが、もはや勝負は決しており、国津神系2氏には戦意などほとんどありません。

ここで行われたのは神八井耳命に行われたような、婚姻関係による身の安堵の要求です。

対象は科野国造と異なりますが、系譜の改纂は行いませんが、それでも「仲間」。そしてそれよりも濃い関係の「家族」となってしまう事が重要だったのです。


しばらく経って関係は落ち着き、諏訪地方は天津神によっての支配が武力面・思想面で完成します。

これが洲羽国造の発生した景行天皇の時代になりましょう。



「綏靖天皇」なんて人物は存在しません。

「国津神」と呼ぶまつろわぬ集団を一掃し、隔離し、支配したために、天津神に「綏靖とした(=安らいだ)」時代が来たと言っているだけなのですから。

その名前を、支配した越の国の有力者から引き抜いて、「神(尊称)」+「渟名川(支配地域の旧支配者名)」+「み×2(尊称)」とし、その栄誉を称える、または従わない場合はこうなるとの見せしめにしただけの話なのです。


──歴史は、常に勝者が作るものです。







話は唐突に変わりますが、多氏祖神・神八井耳命に討たれた手研耳命。

彼には岐須美美(きすみみ)と呼ばれる弟がいて、手研耳と同時に討たれたとされています。


本居宣長は「多芸志美美(=手研耳)」から「多」が時代を経る内に起きた落丁による誤伝で、実際は同一人物だとしています。

が、古事記原本には「生子、多藝志美美命、筱岐須美美命、二柱坐也。」と「二人いる」としっかり書いていることから、それは少々苦しく感じるのです。




「多」が抜け落ちたのでなく、「多」に隠したのではないでしょうか。

多氏祖・神八井耳命は、手研耳命と同族だったとねいは考えます。

手研耳は九州・姶良地方(あいら・ちほう)の土着民でした。そう言えば、母親の名前は吾平津媛(あひら・つ・ひめ)でしたよねー。


身が竦んだのでなく、仲間だから撃てなかったのです。

同族の仲間だから、弔ったのです。

反逆者の仲間だから、王になれなかったのです。



神八井耳命を祖神とする多氏は、天津神に反抗し、敗北し、従属した氏族の「多く」集められた集団なのでしょう。

科野国造に任じられたのも、国津神同士で馴れ合わせる。あるいは、毒をもって毒を制するために。

元は国津神同士だから、仲間にしてしまえばそこで問題は解消します。無理に歴史まで奪う必要はありません。




さて多氏となった国津神は、祖先が神武天皇となります。

持っていた自身の歴史は奪われ、いっしょくたにされ、訳の分からないものにされてしまう。


──歴史は、敗者の作れないものです。








一方の木葉神社。

こちらは国譲り戦争でなく、時代が歴史を奪いました。

元々祀られていた彦坐王は崇神天皇の異母弟で、その子孫には神功皇后がいます。


彼も子孫に恵まれていますが、行った任務の一つとして、丹波の土着民・玖賀耳之御笠(くがみみ・の・みかさ)を討伐しています。

この頃になると国家制度も確立されてき、名前からはシャーマン的性質を持つ接尾辞「み」が余り見られなくなります。

呪術などと言った、過去の遺物は駆逐されていくものなのかもしれません。

有限の命を持つ生物は、更新・進化をすることができるのです。



今、木葉神社には木花咲耶姫が一人でたたずんでいます。

彼女は、姉の石長姫(いわなが・ひめ)や、父の大山祁(おおやまつみ)と一緒に祀られることの多い神様です。

海や山を支配する父とも、永遠を象徴する姉とも別れ、有限の命を意味する彼女一人で。




──えいえんはないよ。

    ここにはないよ。





別にねい自身は、木花咲耶姫のように短くても構わないのです。

神八井耳命のように、過去を奪われても構わないのです。


これからねいが作り出すであろう作品があるのなら、それでいいのです。

残したものが、花開くのなら、それで十分。



過去を厄と一緒に落とし、未来を拓きたい。

それを願うためだけに、今年の初詣先を決めました。




願わくば、多くの未来を残せますように……












うん、長かった!!

最後は湿っぽくなりましたが、だいたい今ねいが考えてることを吐き出しましたよー。


要は、病気とか休養中とか全部忘れて、いいものを作りたいって話なのです。

実は東方蕃花戦符以外にもねいが隠れてちまちまと行動中だったりするので、それが成功すればいいなーって願掛けも兼ねてだったり。


サークルの方からは特になにも話はないので、気楽に動けるんですよねー。

その分、収入は一切ありませんが!!!




お財布、寂しいなぁ。。。


・微妙に誤字修正と文字校正しました。

東方蕃花戦符。

はい、徐々にブログの更新頻度があがってるように見える、ねいでございます。

うん、多分気のせいです。

そのうちにまたさぼる気しかしないです。




初詣の予定が来週に繰り上がり、そして行き先は近場になることが決定したんですけども、今回はその話題ではありません。


ところで、2010-07/03の記事で現在作成中ゲームの画面レイアウトを出したのです。

…ほぼ半年前ですなぁ。。。

ぁ、それはさておいて。


そっちの作業工程を見積もってたんですが、致命的な欠陥に気付いてしまったんですねー。

カードゲームって絵の点数がはんぱない!!!!

とてもではないですけど、ねい一人で描ききる自信がないのです。




ってことで路線を変更いたしまして、発表形式をリプレイノベルの方向へ変更しましたー ヾ(o´∀`)ノ

誰が読むんだろうとか今でも思っちょるんですけど、巷に溢れるショートショートとも、印刷された文庫本などとも違う、「こんなこと、ねいしかやらないだろうなぁ。。。」って感じに捩じ曲がっておるので、目新しさを求める方々は是非是非お立ち合い。


目新しさとは言いましたけど、最近うすうすと感付いては来てるのですが、ねいのアンテナは人とずれまくってる気がするのです。

つまり、発想は他の人とあんまりかぶらないけど、ブームの中枢にはまぁなりえない。

今更感性変えろって、それゎ無茶だよぅ。。。il||li _| ̄|○ il||li






と、ひとしきり沈んだところで前説打ち切りー。

現在「序」「第一局」が完成しておりますので、お時間などございましたらお目を拝借したい限りにございます。

なにとぞ、ご高配のほど、賜れますこと。ひとえに、ひとえに、おたの申し上げます。


(推奨ブラウザ:Chrome8 > Firefox3 >>[非推奨ぎりぎり]>> IE6, 7, 8 >[チェックしてません]>その他ブラウザ)

大きい画面で御覧になりたい方はこちらへどうぞー。

ちっちゃぃと不便だし、飛んだ方が見やすいです。






|ョω・)ノシ 絵の描ける人、いつでもカードの図柄募集ちゅー。

報酬などは出せませんけども。

サイズは220x150で固定です。

一枚もこない場合は、ねいが描くことになります。

ただ、優先順位がかなり落ちるので、だーいぶ先の話になりそうですけども!!


てことで、読んで下さった方、ここにいらっしゃった方、ありがとうでした!




ぁ、第二局以降も書きますよ?

新ルール追加とかもある予定ですので。

【編集】
・二件、コメ返ししましたー。
・アクセス激増の後記を追加しましたー。










「おお!ジャンルをどうして良いか分からない!?」と言われてしまいました。


うん、そう言わせたのでねいの勝ちです。

だって、こんなん誰もやらないと思うもの (・∀・)

似た事をする人がいるから、「ジャンル」って団体・集団が発生するんですよねー。

だから、これはきっと誉め言葉なのです。うん、そう信じたいの。


どなたか、お客様の中に「協調性」を分け与えて下さる方はいらっしゃいませんかぁー??

一体何ヶ月ぶりでしょか。

ほとんどついったで喋ってるので、管理画面すら開いてなかったねいでございます。

はっはっはー、この書き出しすら懐かしく感じてしまうくらいにさぼってましたねー。

小刻みに吐き出してしまえるので、ほんとにここに書くネタがなくなるのです。

ついったって怖いなぁ。。。


こんな僻地にまで来て下さる方々には、まじで頭が上がんないです。

多謝、多謝。




さてさて、気分を一新する意味でブログテンプレートを変更してみましたです。

新しくmaako_dotをお借りしてー、メインコンテンツ側の横幅を広げてー、ずれた部分を修正してー、あとはこまごまっとって感じでしょか。


以前のkugirlも嫌いではなかったんですけど、3カラムだと少し手狭だったんですよねー。

どれだけ狭いかというと、旅行の記事なんかを見てもらえればわかると思います。



このデザインで見ると、写真が異様にちっちゃいんですよ!!!!

ここにのっける写真は、デジカメで撮ったものを画像編集して、サイズ縮小してアップロードしております。

元のサイズは1024x768なんですけど、レイアウトを壊さないように374x281と、半分以下に押し込めちゃってるわけなんですねー。


今回の変更で横を600pxも取ったので、縮小率は50%とか、あるいはそれよりも大きいサイズで載せられるかもしれません。

が、どうなるかは分かんないので、ちょぃ試行錯誤してみたいと思います。





さてさて、こういう話題を出すってことは、当然どっかに出掛けるって前振りであったりもするのです。

一応、ついったで先行して言ってるんですけど、2月に初詣に出掛けるのです。

もう少しであと1ヶ月なので、そろそろレンタカーの予約なんですよねー。


…うん、2月ですょ?

年が明けて最初に詣でれば初詣なんです。

深く気にしてはいけません。

大体、ねいの去年の初詣なんて5月の新井崎神社でしたからね?


(ほんとは正月に名古屋の若宮神社に出掛ける予定だったんですけど、いろいろあって行けなかったのです。

 ここには『縛り屋小町(竹内未来著)』に出てきた「五色の糸」があるらしいのですよー。

 欲しかったんだけどなぁ、、うぬぅ。。。

 ぁ、縛りとか書いてますけど、別にいかがわしい本じゃないですよ??

 (店頭で口に出しにくい以外は)普通の少女漫画です。


 ってみっくさんのサイト行ったら、縛り屋完結してたー。

 あぁ、またamazonさんのカートが膨らんでくー。。。)



どこに行くかはまだ内緒ですけど、割とすぐに当てられそうな気もするくらいにベタな神社だったりします。

年末年始にやってた「行く年来る年」では白兎神社に中継が行ってたけど、それ以上にベタですもの。


でもいいのいいの。

幸運祈願&厄落としに行くだけの日帰り旅行ですから。

とりあえず、鳥居では一周くるくる回ってみたいと思います。



狂う狂う狂うーっと。

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はづきねい

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HADUKI Nei; as haruka.M or kohkiHOTEI

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